「安全圏に身を置きながら、本気で何事かに取り組むことはできない」ミドリムシで有名な㈱ユウグレナ代表取締役 出雲氏の言葉です。『リスクを取り、自分をあえて厳しい状況におくことで、不退転の覚悟で挑戦する勇気が湧く』とゆうことを表しているものです。生産量を増やして会社としての売上げを伸ばしたい。これまで培った技術と経験を生かし、どこにもないレース生地を作りたい。そして繊維のまち福井を継承して欲しい。その考えを実行に移すと、工場移転も含めた設備投資という大きな分岐点に立つことになります。そしてほんの少し安全圏から出ようとしただけで客観的(批判的)意見や、批評じみた事を聞かされたり、会社(私自身)や会社を取り巻く環境や業界視点で主観的に評価をされたりと、予想以上の強風にさらされる破目になりました。元の安全圏に戻る事もよぎらなかったと言えば嘘になりますし、状況的に最初から不可能な事だったのかもと何度も落胆したりもしました。そんな中で『不退転』の言葉を自然と口にするようになり、口にすることでより強固なものにもなっていきました。そして持ち前のポジティブさで今現在、更に一歩進んだことを実感しています。「リスクは出来るだけ避けるべき」という考えは間違えでは有りません。しかし時には重要な決断に際し、特にビジネスにおいてはあえてリスクを取る強い意志と精神力が必要な時がある事を忘れてはいけません。
archive


こちらは特別に撮影許可をもらったブランドの販売品。とても高級感が有りエレガントです。下に何を着るか、どんな色使いのものをもってくるかなどと考えると楽しくなりますね。
こちらも総レースのプルオーバー。シャーリング処理のやはりラッセルレース生地。柄パターンの美しさに惚れてしまい、思わず聞いてみたところmade in france やはりね。。。

お待たせ致しておりますカモフラージュレース ストールの販売ですが、TVショッピングでの販売が決定しました。色や風合いを変え、東レの機能糸(UVカット・速乾作用)を使用し、これからの季節向けにつくり直しました。他2アイテムと一緒に6月2日放映販売です。詳細が決まり次第またご案内させて頂きます。
レース生地でカモフラ柄を編めないかトライしてみました。一般的な迷彩色(カモフラージュカラー)と言えば最低でも3~4色使われていますが、無地のレース生地に染色加工だけでそれだけの配色はかなり難しいです。そこで考えたのが“初めから染まっている”先染め糸を使う事でした。また隠ぺい力の強いブラックやディープカラーをチョイスすることにより、その後の別の色での染色加工でも影響されにくいだろうと考えました。そして選んだのは写真左:チャコールグレー 右:ダークブラウン 写真中央の普通の綿糸と比較して下さい。




⑤先染め糸の割合を替えて各色共それぞれ2パターンの表情を持ったカモフラジュレースが出来ました。この後ふんわりタッチの生地にしたかったので起毛処理を施し、染色(堅牢度の高い反応染め)とシルクプロテイン加工をします。

※商品は男女兼用タイプです。自社HPでの販売を考えておりますが、商談予定も入っている為 販売方法は後日連絡させて頂きます。あともうしばらくお待ち下さい。
1月27日(水)福井産業会館にて行われた展示商談会に参加致しました。バイヤーと商談出来るビジネスチャンスを戴きました。
福井県商工会連合会から経営に関する認証を戴きました。県内から30社ほどが授与式に参列していました。これからも革新的試みにチャレンジしながら目標とする経営を目指してゆきます。
旧年中は森川レース共々お世話になり有難うございました。また本年も皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り致します。
本年はこれまでの当社の取り組み、成果を基盤に新しい試みにチャレンジする年です。内容につきましては随時こちらのHPにて発信させて頂きます。旧年同様ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します。
㈲森川レース 代表取締役 森川 英樹
最近歌番組でよく見かける男性2人女性2人からなる4人組バンドグループ。曲も良いのですが、彼,彼女たちの着ている衣装がとても素敵で印象的です。それは着物ブランド「ドゥーブルメゾン(DOUBLE MAISON)」のものです。これまでの着物の概念にとらわれないその着こなしは、新鮮だがどこか伝統的なところも感じられるせいか、私たち日本人もその佇まいに惹き付けられます。そしてこのブランドを手掛けるのが、株式会社 やまと 代表取締役会長 矢嶋孝敏氏である。著書「きものの森」は矢嶋氏のきものに対する考え方(これまでのきもの市場の分析からビジネス論など)やこれまでの取り組み、そしてこれからの展望を、チェーン店展開(同じ木を植えた“林”)からカルチャーブランド(多様な木を育む“森”)へ自らの改革と表現し綴った一冊です。

統計的に…とはいえ少しばかり大ざっぱな話だとは思うが、意外と理解できる記事内容だったのでまずは冒頭に紹介します。現在日本国内にある(各種)製造・生産機械を人の年齢に置き換えたらというもので、1980年代は16~19歳。それから日本産業の成長期を支えたそれらの機械は、現在60歳代後半だと推測するものでした。ほぼ労働年齢を超えています。
このことを当社を取り巻くアウターレース工場界を見てみるとなるほどうなずけます。当社もそうであるがほとんどが20年以上前に導入した編機をメンテナンスを繰り返し使っています。古い機械だけに他には出来ないオンリーワンのものづくりが出来るのならまだしも、そうでもない上、最悪な事に製造メーカー自体サービスを終了しようとしています。しかしこれが日本の我々零細企業の現状であります。
一方、海外に目を向けると中国をはじめ、新興国でも最新の稼働方式を搭載した編機で簡単にものを作ってきます。発想やデザインはすぐに真似は出来なくても、ものとして手に取れる状態ならいくらでもコピー可能です。逆にいえば簡単にいくらでもコピー出来るのならば発想や開発をせず、流行っているものだけ作ればいいのですから楽です。むしろ二番手のほうが有利だったりもしますから。
とはいえ、これだけ世界経済のグローバル化が進み、遠く海外の出来事や動向がクイックに為替や株価に反映されてしまう様な時代です。国政が考える様な設備投資や賃上げは、たとえ大企業でも慎重にならざるを得ないこともわかります。それだけ今の環境を一過性のものかも知れないと注視する状態が未だ続いているということだと思います。しかしこのような保守的な状態が慢性化したりすることによるこれから起こりうる問題も考える必要があります。
自身の経営に落として考えてみます。投資をなるべく控えて古い機械を継続して使い蓄えを増やし備える…自分はそれでいいかも知れません。しかし将来的にはどうなのだろう? もしかしたら環境的な不安を理由に次の世代の人たちに、もっと大きな不安を押しつけてはいないだろうか。新しいチャンスを掴む機会すら無くそうとしているのではないでしょうか。強い危機感を覚えます。
先般 アフリカでワクチン開発で成功しノーベル賞を受賞された大村氏がこんな事を言っています。「(人が人生を終えるにあたり)お金を残すのは下、仕事を残すのは中、人を残すのが上」と。人生折り返し地点を過ぎてからまた少し走った今 会社経営を通して達成したい目標の一つは、この仕事をもっともっと魅力的にして次の世代に継承してもらうこと。そう考えると今努力する事の重要性に気付きます。そしてこの努力が5年後10年後に大きな差になることは間違いありません。
そんな日々の思いや努力の連続が、大村氏の「生きる」ではなく「生き切る」ということなのかも知れないですね。